気まぐれ写真工房

今日の一枚 ※ 病に倒れ今は亡き、若きライダー

※ 病に倒れ今は亡き、若きライダー"MECA MAX"
※ Nikon FE Nikon -E 100mm F2.8
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※ 写真クリックで、ちょっと大きくなります

※ 1988年5月のある日、親戚の若い男が我が家を訪れた、一週間前に親戚の人たち二十数名で
山形県天童温泉に、一泊二日の旅行に行った時の写真を見に来たのだ、
三条を出発して間もなく、後ろからついてくるバイクに乗った彼をマイクロバスの後部座席から撮影した写真が数枚あった、

その写真を見ていた彼が「今度バイクで走っているところを撮ってもらえますか?」と、聞かれ「いいよ」と、答えた、
のちに彼の友達から彼は専門誌(バリバリマシン 1987年12月号)の表紙になったことがある男だと聞いた

その一週間後、連絡があった、彼が病気で入院、病名は癌で余命半年くらいの命との連絡だった・・・

まさか、あんなに元気そうなのにと思いつつ翌日見舞いに行った、点滴はしていたが元気そうにニコニコしていた、
「今度、先生から外出許可をもらって走るから撮って下さい」と言われ、再び「いいよ」と、答えた、

数日後の土曜日、「外出許可をもらえたので、明日お願いします」と電話があり、翌日多くの仲間のライダーとともに
撮影地点に向かった、私も絶対に失敗するわけにいかないので写友に応援を頼んで二人で撮影に向かった、

彼は約2か月間位の間に、3回ほど外出許可をもらって私の前を走った、私の撮影したリバーサルフィルムを
彼に全て渡し、彼はその中から気に入った写真を専門誌に投稿した、この写真はその中の一枚である

※ 夏も終わりかけたころ、親戚の家で夕食と酒宴をすることになった、大勢集まった中に彼を含め、若者数名がいた
話が盛り上がったころ、彼が仲間たちに「来年、みんなで宮城県のSUGOにレースを見に行こう」と、楽しそうに話した、

その言葉は、私たちの胸に重く、悲しくのしかかった、彼に来年が無いことを、その場にいた者全員知っていた・・・



※ 数ヶ月後、彼から「赤ゼッケンをもらえた!」と、喜びの電話があった、私も撮影の責任を果たせてホットした
【バリバリマシン 1988年12月号】
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※ 専門誌オートバイの、新年号(88年12月発売)では今月のチャンピオンとして賞を獲得した

この専門誌を手にし、数々の送られてきた賞品を病室に飾り、満足そうに喜んでいたらしい、
数週間前から薬もあまり聞かなくなっていて、時々襲う激痛に耐えていたらしい、私はこのころは見舞いに行く勇気がなかった

この専門誌を手にしてから、約一週間後、
彼は24歳の若さで息をひきとり、彼の美しい走りをもう見ることが出来なくなってしまった・・・

12月の雪の降り積もる中、自宅で行われた葬儀の時、玄関前に仲間のライダーたちによって、雪で作られた大きなステージの上に
彼の愛用していたマシンが飾られ、その前を大勢の仲間のライダーたちが、
バイクに乗って天国に旅立つかのように彼のマシンのエンジンをふかし、彼の名前を泣き叫ぶ中、
彼の棺は出棺され、悲しい永遠の別れとなった・・・

この掲載写真も、上の写真と同じ日に撮影
【オートバイ 1989年 新年号】
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※ 半年後、この専門誌で人気投票が有り、彼の美しい走りが”第1位”となった、・・・ 彼も天国で喜んでいたと思う
【バリバリマシン 1989年7月号】
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彼に依頼されて初めて、”流し撮り” で撮影したが、彼に満足してもらえる写真が撮れて、私自身も心に残る一枚となった
・・・天国で、彼は今もバリバリと美しい走りをしているかな?・・・
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by nekosan61 | 2008-11-03 00:00 | 病に倒れ今は亡き、若きライダー